STORY ストーリー
桜の名所として知られる吉野町は、昔から林業が盛んな山深い土地でもある。町の一部は吉野熊野国立公園、吉野川・津風呂県立自然公園に指定され、吉野山を含む「紀伊山地の霊場と参詣道」は、ユネスコ世界遺産にも認定されている。
町の中央部をゆったりと流れるのが吉野川だ。この川を眺められるワーキングスペースが『三奇楼の離れ(デッキno下)』。ここを拠点に吉野関係案内人として活動する菊地奈々さんが小林エリカさんを出迎えてくれた。「ここには、『SAGOJO』が運営する、地域の手伝いをすると無料で宿泊できる『TENJIKU吉野』の機能や、全国の拠点に住み放題の多拠点生活プラットフォーム『ADDress』の一室があり、コワーキングで私も事務所を構えています」。
「吉野町には、手漉き和紙をつくっている地域があります」と菊地さんが案内してくれたのが、『植(うえ)和紙工房』。江戸時代に創業された工房で、近年は奈良県の伝統工芸品であり最高級の表装用和紙「宇陀紙」を製造している。予約をすれば手漉き和紙体験も可能だ。
「手漉き和紙体験以外の本格的な作業は、職人さんだけができる世界だと思っていたんですが、実は私たちでも手伝えることはあるんです」と菊地さん。毎年1月に原料の楮(こうぞ)という木を刈り、蒸して皮を剥ぐ作業があり、手伝っているという。「おもしろそう!」と小林さんが目を輝かせた。菊地さんは、吉野町にこうした文化があると多くの人に知ってもらいたいと話す。
地域を訪れる人と地元の人とをつなげる吉野関係案内人として、これまで多くの人を出迎え、受け入れてきた菊地さん。単なる観光ではなく、地域の人と接することで「吉野の違う一面を知れた」とファンになり、繰り返し訪れるようになる人は多いという。地域とのさまざまな関わり方を知って「また戻って来られるのはいいですね」と、興味津々の小林さん。
「人がいて成り立つ活動だから、今後はどうなるのか不安半分、楽しみ半分です」と、菊地さん。今後についてははっきり決めていないそうだが「『吉野町にいてくれてありがとう』と言われることが増えてきました」という言葉からは、菊地さんがこのまちで果たしている大切な役割が感じられる。
次に会ったのが、『ゲストハウスKAM INN』の女将・片山文恵さん。なんと山伏でもある。小林さんは、片山さんに朝の勤行(ごんぎょう)へ連れて行ってもらった。場所は、吉野山にある世界遺産・金峯山寺(きんぷせんじ)の末寺である「芳山一佛堂(ほうざんいちぶつどう)」。金峯山寺は、日本古来の山岳信仰である修験道の総本山だ。毎朝6時半から読経などのお勤めを片山さんが担っている。ちなみに山伏とは、修験道の行者のことをいう。
「朝方の薄暗いなか山道を登って行って、お祈りをする…。お祈りするってすごいなと感動しました。文恵さんの『神仏に届けるイメージで山に向かって唱える。すごく感覚的なものが修験道だ』というお話が印象的でした」と、小林さん。
「普段40分間も息を整えて座っていることはなかなかありませんよね。それだけで気持ちがスッとしますし、一日のスタートを爽快にきれます」と片山さんはその魅力を話した。
得度した理由や修行について小林さんが聞くと、片山さんは次のように答えた。「私は、日常とは離れたハレの場所で実家のように安らげる宿をつくりたいと思い吉野山に移住したんです。吉野山にいると行者さん(山伏)とお目にかかることが日常なのですが、行者のみなさんがすがすがしい顔をされていて。修行とは何か、彼らにとってお山とはどういう存在か、そういうことを少しずつ理解していき、それが私の目指す生き方と同じであると感じたので得度しようと決めました。修行は我慢比べではなくて、すればするほど行者自身も生きるのが楽になるものなんです。手放すことができ、不安から解き放たれます」。
小林さんは「日々修行をしている文恵さんがここにいて、またここに来ればお会いできるのが心強いと感じました」と、生き方に刺激を受けた様子。
上市地区自治協議会「上市笑転会」のコミュニティ施設『笑屋』や、奥大和の3市町村で2020年と2021年の秋に開催された芸術祭「MIND TRAIL 奥大和 心のなかの美術館」の会場にも足を運んだ。現在も町内に作品が残っているところがあり、アートを堪能できる。インスタレーションなども手がける小林さんは、それぞれの空間を見つめていた。
地域の人との関わりや和紙文化、祈り、宗教観、自然――。奥大和に根付くそれらは、表現者の小林さんにとって刺激になったはずだ。
片山さんは「この世には過去も現在も未来もないのだと思います。つねに今の連続。今をどれだけ豊かにしていくか、どうしたら私も含めてこの場にいる人が幸せに過ごせるか、常に考えていきたいです」と話していた。「今」を大切にする気持ち。片山さんはそんな“お土産”を、訪れる人々に渡し続けているのだろう。