STORY ストーリー

GUEST PROFILE

ゲストプロフィール

  • (左)まえだちさと

    里山文庫・台湾文庫主宰。植物民俗研究家、薬膳師、通訳案内士。オランダの大学院でアグロエコロジーを専攻し、半年間ブータン政府GNH委員会にて国土100%オーガニックプロジェクトに従事。卒業後、アジアの農村を尋ね歩き、古老たちから保存食や植物利用の知恵を学ぶ。2018年に独立。奈良の古民家をセルフリノベし、里山文庫・台湾文庫をオープン。 https://note.com/satoyamalibrary

  • (右)新田理恵

    TABEL株式会社代表取締役、食卓研究家。国際中医薬膳調理師の資格を取得後、全国各地の薬草を研究。薬草文化のリサーチや、薬草茶の調合や監修に取り組むほか、全国各地でワークショップも実施している。2014年、日本の薬草やローカルの魅力を伝えるコミュニティ{tabel}を始動。著書に『薬草のちから 野山に眠る、自然の癒し』(晶文社)がある。 https://tab-el.com/

SHORT Ver.

STORY ストーリー

奈良県の東部にある宇陀市(うだし)は、山や畑が広がり、開けた空のもと大きな気持ちになれるところだ。ここは、薬草のまちとして知られている。宇陀で皇族・貴族の男性が薬効の大きい鹿の角を獲り、女性は薬草を摘む「薬猟(くすりがり)」をした日本初の記録が『日本書紀』に残されているからだ。薬文化の発祥地でもあり、製薬企業の創設者を何人も輩出している。
そんな宇陀の薬草文化や発酵などの食文化に魅せられて2017年に奈良県へ移住したまえだちさとさんが、全国各地の薬草を研究している新田理恵さんを案内することに。以前からお互いの存在を知っていて「お会いしてみたかった」と話す二人。すぐに、話に花が咲いた。

奈良県で特に栽培されている薬草が、大和当帰(やまととうき)。17世紀からこの地に野生していた薬草で、根の部分は当帰芍薬散などの婦人薬に、葉の部分は入浴剤やお茶、加工食品などに使われている。
二人は、大和当帰を育て、さらにそれを使った商品を製造・販売している『ウェルネスフーズUDA』の山口武さんを訪ねた。保管されている大和当帰の立派な根や大量の葉を目の当たりにし、セリ科の強い香りを感じながらお話を聞いていると「土で育まれたもので体をつくるのだ」という当たり前のことが腑に落ちていく。

薬草を“食”でも体験することにし、山口さんが営むカフェ『ヒルトコカフェ』でランチ。大和当帰の葉を練り込んだ包み焼きハンバーグなどを堪能した。
まえださんは「お酒も大好き」と話す新田さんを、奥大和のハーバルクラフトビール『奥大和ビール』のタップルームに案内。飲み比べができ、異なる3種類を二人で味わった。「めっちゃおいしい! どれにも個性があっておもしろいです。例えば黒ビール『SPICE DARK』は、一般的には濃厚な印象の黒ビールがハーブによってこんなに華やかになるなんて衝撃……。代表の米田義則さんの挑戦力とセンスが感じられて、飲食のプロにもおすすめしたいです。米田さんから『ビールが苦手な人も飲みやすい』と聞きましたが、納得の味わい」と、新田さん。

「宇陀市の薬草を知ることができる見所はたくさんあるのですが、外せないのがここです」とまえださんが紹介したのは、日本最古の私設薬草園『森野旧薬園』。ここで薬草の栽培管理をし、地元で“薬草博士”として知られる原野悦良さんが出迎えてくれた。
園内で育てられている薬草木を解説されたり、隠居した森野藤助(別名は賽郭)が日本最古の原色薬草図譜『松山本草 全十巻』を編した「桃岳庵」を見たりした新田さんは、感無量の様子で「ほかの季節にも訪れたいです。また一緒にまわりましょう」と、まえださんと約束。原野さんを慕うまえださんは「ここには何度も来ていますが、新田さんだからこそ引き出せるお話があって新鮮でした」と話した。

『森野旧薬園』がある松山地区は、江戸時代に建てられた風情ある町家が並び、2006年に「重要伝統的建造物群保存地区」に選定された。『久保本家酒造』もその一つ。蔵元の久保順平さんから説明を受けながら、試飲を楽しんだ。
同地区に建つ築120年の古民家のゲストハウス『奈の音』では、薬草茶を味わいながら、移住してこのゲストハウスを開いた前真司さん、由美子さん夫妻の話を聞く。古民家が好きでこの地へやってきた夫妻だが、今は薬草文化に親しみ、薬草観察ツアーなども企画開催している。「みなさんが自然体で薬草をさまざまな形で取り入れ、愛でていらっしゃる。何より、自分たちが楽しんでいるのがいいですね」と新田さん。

宇陀市では移住者が増えている。まえださんと同年に移住し、起業塾で同期だったという安部史織さんもその一人。「私の半分は馬でできていて、私から馬を取ったら枯れてしまいます」と笑う安部さんは、北海道での馬の仕事を経て宇陀市へやって来た。現在『馬小屋Abii(アビィ)』を運営し、ホーストレッキングなどの体験プランを提供している。
体の無駄な力を抜き、馬に体を委ねるのが乗馬のコツだ。初乗馬を体験した新田さんは、その様子を「自分のあり方が問われるところが、まるで瞑想みたい!」と表現。まえださんは「新田さんは豊かな感性と繊細な表現力をもっていますね」と驚いていた。

全国各地の薬草を見て回っている新田さんの目に、宇陀市はどう映ったのだろう。「一つひとつのスポットが魅力的で、長年積み重ねてきた人々の知恵が色濃く残っていて衝撃でした。昔の文化が今もなおこんなに残っているのは、ほかのまちにはないと思います。芯の通ったいいものがあるまちですね。関わっている人の思いや、歴史や文化をもっと知りたいです。また、ここは時間の流れがゆるやかで、自分と向き合って『これからどういう生き方をして地域と関わっていこうか』と考えられました」。
専門家から見ても魅力的な薬草のまち、宇陀市。土地の力に加えて、人々が暮らしや生業に取り入れている“人の力”こそが、訪れる人の心と体を癒すのだと感じた。

SPOT スポット

  • ウェルネスフーズUDA

    山口武さん、大和かぎろひ 西田奈々さん

    『ウェルネスフーズUDA』の山口武さんは宇陀市で大和当帰を栽培する生産者であり、それを使った入浴剤などの商品製造・販売も行っている。さらに、別会社で『ヒルトコカフェ』のオーナーも務めるパワフルな人だ。宇陀市出身で、同社の大和当帰を使った製油や蒸留水などを製造・販売する『大和かぎろひ』の西田奈々さんも、薬草に魅せられている一人。生駒市内でアロマサロン『Neloli(ネロリ)』も運営している。

    ウェルネスフーズUDA

    住所 : 奈良県宇陀市榛原大貝422-2

    大和かぎろひ

    住所 : 奈良県宇陀市榛原大貝433
    HP:https://aroma-neroli.net/webform_17.html

  • ヒルトコカフェ

    古民家を改装した開放感あふれる薬草カフェ。大和当帰などの薬草や地元産の野菜を使ったランチや、デザートが人気。料理に使う食材は、すべて無農薬・有機栽培によるものを使用している。宇陀川沿いの小高い丘にある「大宇陀かぎろひの丘万葉公園」の隣にあり、カフェからの眺めが良く気持ちいい。公園の散策もおすすめ。

    ヒルトコカフェ

    住所 : 奈良県宇陀市大宇陀中庄129
    HP: http://www.terrasse.co.jp/hilltoco/

  • 奥大和ビール

    米田義則さん

    2020年に誕生したマイクロブルワリー。奥大和で生産された果物や薬草などを原料に使ったクラフトビールの醸造・販売を行う。和ハーブや香草をブレンドした「ハーバルビール」のほか、奈良の四季の香りを感じることができる「季節のビール」もある。タップルームはカウンター席がメインで、その奥が醸造所になっている。ビールは同店や「道の駅 宇陀路大宇陀」などで販売中。

    奥大和ビール

    住所 : 奈良県宇陀市大宇陀拾生672-1
    HP :http://okuyamato-beer.jp/

  • 森野旧薬園

    原野悦良さん

    吉野本葛の販売を行う創業450年の『森野吉野葛本舗』の裏手に広がる、日本最古の薬草園。11代目の森野藤助が享保年間に自宅の裏山に開いたのが始まり。原野悦良さんが栽培管理をした約250種類の薬草木が四季折々に来園者の目を楽しませている。薬園からは、大宇陀のまちを見渡すこともできる。国際中医薬膳調理師の新田さんはここで吉野本葛の葛粉をお買い上げ。

    森野旧薬園

    住所 : 奈良県宇陀市大宇陀上新1880
    HP :https://www.morino-kuzu.com/

  • 久保本家酒造

    久保順平さん

    江戸時代・元禄15年の創業で、約300年も酒造りを行う。2003年より新進気鋭の杜氏・加藤克則氏を招き、伝統的な日本酒の醸造技術である生酛造りを蔵の方針に。そうして完成した酒が「睡龍(すいりゅう)」シリーズ。新田さんとまえださんは、久保順平さんおすすめの「睡龍 生酛純米」や「生酛のどぶ」などを試飲した。新田さんは「生酛のどぶ」を購入。

    久保本家酒造

    住所 : 奈良県宇陀市大宇陀出新1834
    HP :http://kubohonke.com/

  • ゲストハウス 奈の音

    前真司さん、由美子さん

    2017年に宇陀市へ移住した前真司さん、由美子さんが、醤油商の屋敷だった築120年の古民家を改修してオープンしたゲストハウス。薬草茶や薬草を一部に使った料理を提供しているほか、薬草の観察・講演会や薬草観察ツアーなどの企画運営も行う。今回の旅では、新田さん、まえださん共にここに宿泊した。

    ゲストハウス 奈の音

    住所 : 奈良県宇陀市大宇陀西山91
    HP :https://nanone.net/

  • 馬小屋Abii

    安部史織さんと馬のスペシャルサンクス

    安部史織さんは、馬好きが高じて17歳で単身北海道へ行き、「馬とともに暮らしたい・働きたい」という夢を叶えるため、2017年に宇陀市で馬のスペさんと共に『Abii』を開業。ホーストレッキング、体験乗馬、馬語講座、馬とのコミュニケーションや馬上での体操を通じて、五感・体幹・バランス感覚を鍛える「馬トレ」などの体験メニューがある。

    馬小屋Abii

    住所 : 奈良県宇陀市榛原石田146~148​
    HP :https://www.umagoya-abii.com/

MOVIE ムービー

LONG Ver.

SHORT Ver.

text by Yoshino Kokubo

photos by Yuta Togo

film by SAF AND CAF

illustration by Atsushi Nagato (DESIGN MAP)