STORY ストーリー

GUEST PROFILE

ゲストプロフィール

  • (左)エリック・マタレーゼ

    1986年、アメリカ・ロサンゼルス生まれ。2011年に来日し、岐阜県でALT(外国語指導助手)として働いたのち、京都府の半導体メーカーで翻訳業務に携わる。2016年に奈良県吉野郡川上村に移住。地域おこし協力隊として3年間働き、現在は集落支援員として活躍する。リトルプレスと「おいで新聞」を発行する『anaguma文庫』を主宰する。 https://anaguma-bunko.com

  • (右)正木なお

    ギャラリスト・アート+空間ディレクター。2005年に『gallery feel art zero』を開廊。何もないゼロの状態(知識で判断をしない)で作品と対峙し感受するアート体験の場を創る。2018年『Gallery NAO MASAKI」に名称変更。国内外のアートフェアに参加しはじめる。企画した展覧会は2021年現在、130回を越え、芸術の本質とは何かという問いと実験を続けている。 https://www.naomasaki.jp

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STORY ストーリー

車が山に向かってどんどん進んでいく。いくつもの長いトンネルを抜けてようやく辿り着いたのは、人口約1300人の川上村だ。そこは、圧倒的という言葉がよく似合う場所。特殊な方法で育てられた木目の美しい吉野杉に、都会の喧騒とは真反対にある静けさ。圧倒的な自然に場所をお借りして生きている、と人が謙虚な気持ちにさえなってくる。そんな川上村はお年寄りの数が若い人を上回り、ご多分にもれず高齢化の激しい地域だ。ただし、人にとって厳しい環境だからこそ生まれてくる、相手を思いやる、助け合う気持ちがある。現在は「かわかみらいふ」と呼ばれるサービスが活躍中。新たに団体を立ち上げて、食料品や日用品を移動販売車に積み、看護師らも一緒に村の集落をめぐって、人々の困りごともすくい上げている。村にはそんなたくましさもある。

圧倒的な自然とここで積み重ねられてきた人々の土地への愛着は、都会から若い人たちを呼び寄せ、また新たな歴史を紡ぎだそうとしている。そんな1人が、川上村で暮らしはじめて5年になるエリック・マタレーゼさんだ。エリックさん自身が最初に川上村を訪れたのは、友人である横堀美穂さんの結婚式に招かれたからだった。横堀さんは川上村への移住者だ。東京で働いていたものの、2010年の東日本大震災をきっかけに地に足のついた暮らしを求め、川上村の地域おこし協力隊(以下、協力隊)の第1期生に。そこで寛人さんと結婚して健太朗くんを出産、『暮らす宿HANARE』を営むことになったのだった。

エリックさんは川上村を訪れた際、村の人のお年寄りが自分たちの土地の歴史を熱く語る姿に感動したという。そして、村で新しい協力隊を募集することを知り、京都で勤めていた半導体の会社を辞めて移住してきた。それから3年間、川上村の良さを発信する仕事に携わり、任期後も集落支援員として村で活動を続けている。冬のある日、エリックさんは、愛知県名古屋市で「Gallery NAO MASAKI」を営む正木なおさんに川上村の素敵な人たちを紹介することになった。村での暮らしを大切にしてきたエリックさんは、今回の旅で自分の家族のように親しみを込めて正木さんに村民を紹介した。

アートを生業にする正木さんは、夫が営む三重県桑名市と京都市の1棟貸しゲストハウスのデザイン&アートのディレクションに携わった。このゲストハウスにもふんだんに木材が使われているが、近年、安価な外国材の輸が増えたことで日本の森林を維持していくのが困難になり、日本各地の山が荒れてきていることに正木さんは心を痛めている。吉野杉の産地である川上村で、杉がどのように生かされているのか。正木さんにとって今回の旅の関心ごとの一つだった。樽丸職人の春増薫さんの工房を訪れた際、吉野杉が建物などに使う建材ではなく、日本酒の酒樽の部材として材を加工する産業が脈々と受け継がれていると知った。正木さんにとって、一つの希望と感じられる出来事だった。

アートに造詣が深い正木さんは多くの作家との付き合いがあり、作家が創作活動とどう向き合っているのかを近くで見守ってきた。よって、理想と現実の狭間で作家が葛藤することも経験からよく心得ている。正木さんは、平井健太さんが主宰する『studio Jig』を訪れた。平井さんはアイルランドで特殊な木工技術を習得するも、帰国後は日本では実現することができないと思っていた。しかし、木目が真っ直ぐな吉野杉ならその技術を生かせることが分かり、5年前に川上村に移住を決めたのだった。

そんな平井さんのスタジオを訪れた時、正木さんのなかでギャラリストとしてのスイッチが押された。スタジオを主宰する平井健太さんに次々と質問を投げかけ、正木さんは座椅子の骨格となる杉板の積層材が継いであることに着目して、一体型にできないのかを何度も問いかけた。平井さんは難色を示す。技術的にかなり難しくなること、それによって価格が上がってしまうことが頭を駆け巡った。しかし、正木さんはそれも承知の上で平井さんの背中を押す。それを超えれば、世界中から認めてもらえるかもしれないと。実際に平井さんの作品は、2年前からシンガポールの展示会に出展され、高い評価を受けている。もっと世界へ。正木さんはそんなエールを送っていた。

今回の旅で、正木さんはこう振り返る。「今回、その土地の歴史も知らずに川上村を訪ね、村内の7か所を巡って知らないこともまだまだあるけれど、30代、40代の若い移住者がそこで自分らしく暮らし、元から住んでいる地域の皆さんも受け入れていこうとする心をもって移住者に接していますね。他の地域によっては閉鎖的なところもありますが、川上村の人々は村の歴史を背負いながら自分たちの文化をつくろうと諦めていない。その心意気はとても大切なことだと思いました」。初めて訪れた川上村は、圧倒的な自然とともに 人 という宝が存在している場所であると“ ”知った。行きづらい場所は生きづらい場所ではなく、土地に感謝しながら互いを思いやって生きる場所であった。都会に生きて自分の軸がぶれた時に、川上村を再び訪れたい。

SPOT スポット

  • 暮らす宿HANARE

    (左)横堀寛人さん、(右) 横堀美穂さん、(真ん中) 横堀健太郎くん

    築100年以上の古民家をリノベーションした1日1組限定の宿。目の前には吉野川の支流・中奥川が流れ、森林に囲まれている。食事は宿泊者が自分で作るスタイル。薪を割り、村で採れた野菜などを“おくどさん”で調理。宿を営むのは、岐阜県から移住した横堀さん夫妻と村で23年ぶりに生まれた健太朗くん。横堀さん一家を通じて、川上村の自然とともにある暮らしをじっくり体験することができる。

    HANARE

    住所 : 奈良県吉野郡川上村中奥227
    HP :https://hanareandinkyo.tumblr.com

  • 春増さんの工場

    樽丸職人 春増薫さん

    超密植により節がなく、まっすぐな吉野杉。川上村では、この特徴を生かして樽や桶の部材(樽丸)にする板の加工が盛んだった。春増薫さんはこれを今でも引き継ぎ、村で最後の樽丸職人として部材を供給し続けている。吉野の杉は酒樽にした時に酒と香りの相性がよいと言われているそう。後継者不足が課題だったが、横堀寛人さんが『暮らす宿HANARE』を営みながら冬場に製作に携わっている。

    春増さんの工場

    住所 : 奈良県吉野郡川上村中奥26

  • かわかみらいふ

    竹内樹(たつき)さん、松井美代子さん、梅本久美子さん、大前倫子(みちこ)さん

    地元スーパーと連携し、2台の移動スーパーが村内26の集落を毎日まわる。生活に必要なあらゆる食品や雑貨品を販売するほか、注文販売にも応じて、高齢者の買い物をサポートしている。移動スーパーには看護師・歯科衛生士も同行して、買い物客から健康相談をはじめとするあらゆる相談にのるほか、コミュニティの情報収拾を行って、暮らしを丸ごと支えるための支援も。

    かわかみらいふ

    住所 : 奈良県吉野郡川上村大字北和田312
    HP :http://kawakamilife.com

  • 湧水喫茶 秀

    (奥)中川秀雄さん、(手前)中川妙子さん

    代々旅館業を営んでいた中川さん夫妻が、宿泊客が少なってきたことから、40年以上前に喫茶店を開店。秘伝のソースを使った厚みのある豚肉入りの焼きそばが人気で、コーヒーはサイフォンで入れる本格派だ。美味しいと遠くからも汲みにくる弘法大師ゆかりの“楠里(くすり)水”の管理もしている。ここで井戸端会議をしてから仕事へ出かけていく人もおり、朝からにぎわっている。

    湧水喫茶 秀

    住所 : 奈良県吉野郡川上村大字柏木12-4
    HP :https://par-ple.jp/gourmet/
    20180912_hide/

  • studio Jig

    平井健太さん

    木工職人の平井健太さんは、アイルランドのスタジオで得た合板を自由自在に曲げて加工する技術を用いて座椅子や家具を製作している。この技術を使ったものづくりは日本では実現不可能と思っていたが、節がなくまっすぐな吉野杉と出合い、2016年に地域おこし協力隊として川上村に移住した。一般的に無骨になりがちな杉材の家具が、ここでは洗練された姿に。

    studio Jig

    住所 : 奈良県吉野郡川上村大滝503
    HP :https://www.studiojig.com

  • 匠の聚

    百々(どど) 武さん(匠の聚職員、写真家)

    ギャラリーやカフェ、陶芸ができる工房などがあるセンター棟のほか、8人の様々なジャンルのアーティストが作品に取り組みながら暮らすことができる住居や、ゆっくり過ごすためのコテージを備えた『匠の聚』。センター棟からの眺めが素晴らしく、毎年4月中旬から咲き始めてゴールデンウィークごろに満開となる芝桜も楽しめる。アーティストによる作品も販売。正木さんはここで木のカバーがついたカッターを購入。

    匠の聚(むら)

    住所 : 奈良県吉野郡川上村東川135
    HP :https://www.takuminomura.gr.jp

  • Moon Rounds

    渡邉崇さん

    木工作家の渡邉崇さんは、木の産地の近くで制作を行うため2017年に大阪から移住。杉や檜だけでなく、地域から産出された黒柿などの希少な材を使って器やトレイなどの生活道具や家具などを手がける。最初から具体的に何を作るかは決めずに木からイメージが得た時に創作に取りかかることも。工房の2階はギャラリースペースになっており、渡邉さんの世界観にじっくりと浸ることができる。正木さんはここでも素敵なトレイをお買い上げ。

    Moon Rounds

    住所 : 奈良県吉野郡川上村川上東川179
    HP :https://www.instagram.com/moonrounds/

MOVIE ムービー

LONG Ver.

SHORT Ver.

text by Mari Kubota

photos by Yuta Togo

film by SAF AND CAF

illustration by Atsushi Nagato (DESIGN MAP)